旅の味わいを知る (オランダ) 1998年6月1日〜7日


 初めての一人旅でイギリスを訪れた時、ロンドンからバスでオランダのアムステルダムに行った。オランダに関して知っていたことと言えば、マリファナが公認なこと、ゴッホ美術館、風車、カステラといったくらいなもの。
 ガイドブックは持ってなかったので情報はまったくなく、通貨の単位やレートも分からない。まあ行ってしまえば何とかなるだろうと、能天気にアムステルダムへと旅立った。

 イギリスとフランスの間のドーバー海峡は、車用の海底トンネルを通るのだろうと勝手に想像していた。海峡の手前でバスが下っていったのでいよいよトンネルかと思ったが、入って行ったのはバスが縦に何台か収納出来る大きなコンテナ。これが列車になっており、乗客はバスに乗ったまま30分ほどでフランスへと運ばれた。

 ここから右側通行に替わったバスの車窓から田舎風景を眺めている内に眠り、夕方目が覚めるとバスは賑やかな町にいた。
 信号で止まった時に路上に売春婦が4,5人いて、このバスの乗客に向かって「カモーン」と色目で客引きしていた。ここで降りて買いに行く奴がいるわけないだろと、思わずツッコミたくなる一コマであった。

 それから30分ほど走ると税関のような建物があり、そこでパスポートの提示と休憩になった。降りてみると「ホーランド・バンク」という両替所がある。
 この時にオランダとは日本語で、英語ではホーランドと言うことを持っていた辞書を見て初めて知った。同時に現地通貨が「GULDEN」である事も分かった。おそらくグルデンとでも読むのだろう。

 240ドル分を両替すると470グルデンになったが、カウンターにレートが出てないので1グルデンが何円か分からない。金と一緒に渡されたレシートを見たが「RATE 001,9600-CH」という暗号文が記されているだけで、ますます頭が混乱した。
 そもそもドルから両替してるので頭で換算するのも面倒になり、町に着いてから他の両替所で知ろうと、全て忘れる事にした。

 バスは夜の9時頃アムステルという駅に到着。中心部にしては貧相な駅だし、おまけに周辺には活気もない。しかし、ダムはないがアムステルという名だから、ここが中心部なのだろう。

 まずは情報収集だとインフォメーションに行ったが既に終了済み。ロータリーにローカルバスの運ちゃんがいたので、安宿かはないかと聞いたが、まるで話が通じない。何度か繰り返すと辛うじてユース・ホステルだけ理解し「37番のバスだ」と言われた。
 やって来たバスの運ちゃんは英語が通じたので、降りる場所も宿までの道順も安易に分かり、難なく宿に着くことが出来た。

 ようやく安堵のため息がつけると思ったが部屋は満室。受付の兄ちゃんに他に安宿を知らないかと聞くと、10件ほど宿の住所と電話番号が載っている紙を渡され「これ見て電話しな」とさらりと言われた。

 自分が今アムステルダムのどこにいるのかさえ分からないので、こんな住所を見たってなんの意味もない。おまけに電話したところで、その所在地へのアクセスを聞き出す会話力もない。
 ここ以外に周辺には宿が見当たらないので、これでは途方に暮れると思い、道にあった町の地図を頼りに、ひとまずアムステル駅に歩いて戻った。

 さっき貰った紙を他の運ちゃんに見せ「この中で一番近いのはどれかな」と聞くと、「ここからメトロに乗ってセントラル・ステーションに行けば、この3つがある」という有力な情報を掴んだ。
 メトロとは地下鉄の事なので駅に入ったのだが、切符を買う場所が見当たらない。ホームには入って行けたので、切符は後で買うシステムだろうと電車に乗った。

 中で買うのかと思って辺りを見たがそれらしき物はないし、車掌がいるわけでもない。目に付くのは自転車ごと乗っている数人の客だけ。セントラル駅でも改札のような場所がなく、何だか分からないがそのまま無料で乗れてしまった。

 このセントラル・ステーションに来て、最初に降りたアムステル駅が中心部ではなく、名の通りこちらがアムステルダムの中心だという事が分かった。アムステルはダムが決壊してるので、潤いがなかったって訳だ。まったく紛らわしい名前をつけないで貰いたい。

 セントラル駅を出ると待っていたかのように若い男が寄って来て、「ホテルを探してないか。ここなら一泊25グルデンですぐそこだよ」と、宿までの行き方が書いてある紙を見せられた。

 私も持っている住所だけの紙を見せて「俺はここに行くのだ」とあしらったが、そこは満室だよと言われた。それは嘘だろうが確かにそうだったら面倒だ。
 陽も沈んで辺りも既に暗くなっているし、住所だけで探すのも億劫になり、とりあえず男が勧める宿へ案内して貰った。

 この若い男は話し好きで宿までの短い間にやたらと喋っていた。理解出来た内容は、日本に行ったことはないが日本人のガールフレンドがいて、囲碁が出来るということ。これには私も驚き「よく囲碁なんか知ってるな」と褒めると、男は趣味熱がヒートアップしたのか、勝つだの負けるだのと囲碁の素晴らしさをさらに力説していた。

 案内された宿は広いドミトリー・ルームで、駅からも歩いて5分で場所も分かり易かった。旅人も多く泊まっていたので問題ないと判断し、ここをアムステルダムの拠点にした。

 翌日、町の両替屋でレートを見て1グルデンが140円だと分かった。その計算で買い物をしていたが、少々物価が高く感じたのでよく調べてみると、1グルデンは140円ではなく、2,5グルデンで140円だという事が分かった。それと、グルデンとはオランダ語で、英語ではギルダーと言う事も知った。

 無知なまま訪れたアムステルダムでは滞在3日目までそれらの事にも気付かず、徐々に新たな発見をしていくという始末であった。しかし、何の情報がなくても来てみれば何とかなるもんだ。旅の本当の醍醐味も、この時に新たに発見した気がする。




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