初めてのご接待 (香川) 2002年


 出発して第79番天皇寺を巡った後、81番白峯寺で東京から来たという学生と出会った。私と同じように自転車での八十八ヶ所巡りをしていたが、違かったのは使用している自転車。それはギアが30個もあるマウンテンバイク。そして、お遍路の正装とも言える、背中に南妙法蓮華経と書かれた白い上着を身にまとっていた。

 彼はスタートしてからここまで19日間。1番の寺から順に周ってきたのでゴールは目前で、明日には八十八ヶ所巡りが達成できるようだった。
 81番の白峯寺から84番の屋島寺までは、この学生と一緒に自転車で巡った。学生は84番屋島寺で今日の寺巡りは終わりにすると言う。既に夕方5時近くになっていたが85番の八栗寺は近くにある。私はまだもう少し走ると、ここで学生と別れた。

 85番の八栗寺は標高400m程の小高い山の上にあったので、麓に自転車を置いて徒歩で行った。横峰寺で大変な思いをして以来、頭を働かすようになったのだ。山越えが必要でない場合は、自転車を押さずに徒歩で行くようにと。

 今夜の寝床を探そうと八栗寺から坂道を下ると、さっき別れた学生と再会。彼は今夜泊まるところを探していて、テントを張れる場所がないかと地元の兄ちゃんに聞いていた。

 私も加わって同じ事を聞くと、兄ちゃんは「とりあえず2人とも休んでから考えてはどうですか」と、私たち2人を自分の家に招いてくれた。もしかするとこれは噂に聞いていたご接待かもしれぬと、少なからず期待を胸に抱いていた。

 兄ちゃんの仕事は採石で、庵治石という日本で一番高価な石をこの辺りで採っていた。家族と共に暮らす家もかなり立派で、けっこう金持ちそうな感じ。家にいた母親も私たちのいきさつを聞くと、どうぞあがって下さいと快く迎えてくれた。期待通りに私たち2人はそのまま家に泊めて貰える事になった。

 初めて経験したご接待は噂通りのものだった。私たちは家に招かれた後で風呂をもらい、そして満腹になるまでの食事と酒をご馳走になった。食後には兄ちゃんがちょっとしたドライブに連れて行ってくれ、地元の観光案内までしてくれた。

 お遍路にご接待をすることで、いずれ自分にもご利益や縁起が巡ってくる。それが接待する側の考えであるらしい。お遍路は自分の罪などを浄化させるために八十八ヵ所の寺を巡る。その行く先々には、お遍路を支援して接待してくれる地元の人々がいる。

 弘法大師の教えである「人への思いやりとお接待の心」を重んじ、「物ある者は物を、心ある者は思いやりの心を人々に分かち合うように」と説いたものが、昔からこの四国では人々の習慣にしっかりと根付いているのだろう。




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