もう一つの世界遺産 (ルアンパバーン) 2009年7月25日〜27日


 80もの古い寺院があるラオスの古都ルアンパバーンは世界遺産に登録されている町で、早朝に托鉢をする僧侶の行列を見れる事でも有名だ。
 信神深々い人々が跪いて坊さんに食料を施すのは、偉い坊さんよりも高い位置に立ってはいけないから。ワット・シェントーンという寺で「托鉢を見学する際の注意点」を読んでそう知った。

 歴史ある托鉢を邪魔にならぬよう見届けて下さいとの事なので、観光客は全員「巨人の星」の明子姉さんのように、物陰からひっそりと見なくてはならない。
 早起きをして電柱の影からその時を待っていると、程なくして通りの左右からオレンジの袈裟を着た僧侶が列を成して現れた。

 すると待っていた観光客は僧侶に近寄って、至近距離からバシバシと写真を撮り始めるではないか。明子姉さん役が必要ないと感じた私は、スポーツカーを乗り回す花形満役に瞬時に変わり、僧侶の元に疾走して写真を撮った。

 個人的にはこの托鉢よりも、その後に見た朝市の方が印象深い。色鮮やかな野菜が並べられる中には、思わず目を留めてしまうバラエティに富んだ食材がいくつもあった。
 その商品とは、蜂の巣、豚足、アヒル、オオトカゲ、もぐらといった品々。中には麻袋に入れられた姿の見えない生き物が、袋の中でモゾモゾと動いているなんてのもあった。
 生肉には蝿や蜂が集るので、店主がビニール袋付きの棒を振って追っ払っていたが、中には既に卵を産みつけられてる物も多くあるに違いない。

 メインのシーサワンウォン通りには平行してメコン川が流れている。その間のエリアが庶民的で、散策するのに一番面白かった。
 どこの家の屋根にもよく見かけたのが、一体何を受信するんだと思えるようなバカでかい衛星アンテナ。ラオスでテレビを見る機会はなかったので、どのような番組が見れるのかは分からない。

 その代わりに、腹が減っていた私のアンテナが受信したのは「ルアンパバーーンで一番美味しいカオピャック(ラオス風うどん)の店」という看板。その真意を確かめるべく、店に入って注文してみた。

 出てきたのは鶏出汁のスープに入った米製の柔らか麺。味はあっさりしていて、出された状態でも十分イケる。半分は唐辛子を入れて食べたみたが、こうすると辛さで最初の味が消えてしまう。だが地元人はスープが真っ赤になるくらい唐辛子を入れて食っていた。

 かつてフランスの植民地だったラオスの屋台には、フランスパンのサンドイッチを売る店も多くある。ルアンパバーンではフランス語で書かれた看板や、西欧風の家やカフェなども多く見かけた。
 利用していた安宿のオーナーも、そこに泊まっていた客もフランス人。このフランス尽くめが本来ある古都の良さを半減させてるように思えてならない。

 だが、この伝統とモダンと植民地建造物の融合が、ルアンパバーンを世界遺産にした理由でもあるようだ。激動の時代を生き抜いた古い都市。歳も含まれるならば、私はもう一つの世界遺産も見たことになる。

 東南アジアを周遊するには大抵ルートが決まってくるので、余程変わった場所へ行かない限り、一度会った旅人と頻繁に出くわす事が多い。この町で再会した旅人の中には、一人旅をする70歳の婆さんがいた。

 婆さんといっても見た目は若く背筋がぴんと伸びているので、50代といっても通用する容姿。これから1年かけてアジア各国を旅するらしく、その間に掛かる税金対策として、日本の住民票まで抜いてきたという。

 この古希バッグパッカーの話で一番凄かったのが、過去にインドのバラナシでインド人の葬式に参加していた時に、日本で自分の旦那が死んでいたというものだ。
 私は過去に何人もの個性的な旅人と出会ったが、その中でもこのエピソードはトップクラスに入る。顕著な普遍的価値を持つものが世界遺産。ならば顕著な変的価値を持ったこの婆ちゃんは、間違いなく世界遺産に値するだろう。




Copyright (C) 2019 諸行無常 All Rights Reserved