音色はいろいろ (フエ) 2009年7月17日〜20日


 中国語の発音には4声というものがあり、単母音に4つの声調がある。これがベトナム語になると6つになるらしい。
 発音が少し変われば意味が大きく変わる言葉も多々ある。フエに行く前のバンメトートで、それを強く実感することになった。

 バンメトートのバスターミナルがどこなのか分からないままだったが、フエ行きのバスが朝の7時半発という情報は掴んでいた。
 バス発着所の住所も手に入れていたので、余裕を見て1時間前に宿をチェックアウトし、バイタクに住所が書かれた紙を見せてその場所へ向かった。

 しかし、到着した場所はただの民家。本当にこんな所にバスが来るのかと思い、バイタクのおっさんに紙を見せてもう一度確認すると、ここで間違いないと看板を指差して頷いている。

 看板にはダラットやニャチャンといった地名があった。確かにバスの停留所ではあるようだが、フエ(HUE)の文字が見当たらない。代わりに書いてたのは「HOA」だった。家の主であるおばちゃんが来たので再度確認すると、フエ行きのバスはやはりここだという。

 だが看板の文字は「HOA」。嫌な予感がした私は紙に「HUE」と書き、このフエだよねと確認してみると、おばちゃんは「フエって、このフエなの!」と、同じにしか聞こえない発音で返してきた。
 どうやら昨日から私が聞いて回っていたフエは、この「HOA」のことだったようだ。なんて紛らわしい地名があるんだ。

 事態を把握したおばちゃんは新たなバイタクを捕まえて、バスターミナルへ連れて行くよう頼んでくれた。昨日からずっと見つからなかったバスターミナルは、何と泊まっていた宿から1kmも離れてない場所にあった。

 ようやく一安心と思ったが、肝心のフエ行きは6時半で既に出発済み。次のバスを調べれば夕方の16時。仕方なくその時間までダラダラとバスターミナルのベンチで過ごす羽目になった。
 そんな経緯を経て到着したフエは、日本でいう京都や奈良のような古都で、静かな田舎町といった風情があった。

 フエは第二次世界大戦が終わる1945年まではベトナム最後の王朝である阮朝の都でもあり、ベトナム戦争中の1968年には解放戦線と米・南ベトナム政府軍が激しい戦闘を繰り広げた場所でもある。そのためか、王宮の前には国旗を掲げるモニュメントがり、近くには戦車なども並んでいた。

 町ではベトナム国旗に加え、かつてのソ連や共産主義国家のシンボルに使用されていた「鎌トンカチ」の旗を掲げる家もチラホラあった。一方、皇帝廟が点在する南部には田園風景が広がり、素朴な農民の生活が見れた。

 毎週土曜の夜には王宮でショーが行われてるようで、タイミングよくそれを見ることが出来た。色鮮やかな民族衣装を着た男女が繰り広げる、古典的な踊りや歌のショー。ライトアップされた王宮の中で見れるので、また一層味わい深い。
 音楽や歌には独特な節や音階があり、十二分に満喫できるショーだった。フエにはいろいろな音色があるようだ。




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