地球の底 (バラナシ) 2003年4月5日〜10日


 バラナシを訪れる前のブッダガヤで、初めて激烈な下痢に遭った。何度トイレに行ったかも覚えていなく、何が出ていたのかも不思議に思うくらいの回数だった。そのおかげか、仏陀が悟りを得た菩提樹の下では、便とは何ぞやとの悟りを得る事が出来た。

 そんな経験をした後、ヒンドゥー教の最大聖地であるこのバラナシを訪れた。ここにはあの有名なガンジス川がある。カルカッタから旅を共にしてきた日本人3人と共に、窓やテラスからガンジス川が一望できる「ビシュヌ」にチェックインした。

 宿の受付には行方不明になった旅行者のビラがあり、中には日本人の行方不明者もいた。この地ではまれに旅行者が何かに巻き込まれ行方不明になるという。そういう者は大概殺されており、ガンジス川に流されているという。

 日本人死体が上がったとしても、地元の警察はネパール人と処理してしまうそうだ。日本人の容姿がネパール人に似ているからである。そういった理由からか、行方不明者は生死も分からないままになってしまう。

 バラナシの宿では3人の行方不明者を出すと営業停止になるらしい。それにバラナシはマフィアが仕切っているようだ。そういった事情があるので、宿のオーナーたちは夜九時以降は外出するなと強く言っていた。

 ガンジス川では聞いていた通り全ての事が行われていた。沐浴をして祈る者、風呂代わりに体を洗う者、洗濯をする者、トイレ代わりに用を足す者など。
 人々が様々な事を行うその横には火葬場があり、死体を焼いて灰を流している。この地で死んでガンジス川に流れることが出来れば、輪廻転生すると信じられているのだ。

 死ぬためにこの地を訪れる者も多くいるらしい。事故や病気で死んだ者、それと子供などは焼かれずにそのまま川に流れていく。火葬場の周りには死体が焼かれた独特の臭いが立ち込めていた。毎日何体もの死体が焼かれていた。

 ここまで来たからにはガンジス川に入って帰るべきだ。そう考え、沐浴が最も賑わう日の出に川に入ることにした。噂では川に入った旅行者は、体に何らか異変が起こると聞いていた。確かに川は独特の濁った深緑色なので、そんな気がしないでもない。
 そうなってしまったら、それもまた旅の想い出だ。そんなプラス思考を持ち、横一面階段になっている川沿いから、一段一段と下りていった。

 川は濁っているので、中の様子などまったく分からない。その為、その後に起こる展開など想像も付かなかった。
 慎重に足を踏み入れたのだが、なんと苔でぬかるんでいた底に足を取られた。さんざん身構えていたのに、結局スッ転びながら川へと転がりこんだというわけだ。

 横にいたインド人たちは私のこのコントみたいな動作を見て爆笑していた。私も自らのボケに楽しくなり、そのままの勢いで川の中腹まで泳いでいった。インド人たちの沐浴とは大違いだったが、こではこれで忘れられない経験になった。

 川に入った者は何らかの異変が起きるなどという妙な噂を耳にしていたが、私に身に起きた異変を上げるならば、身構えもなくスッ転んだということだけである。それ以外は何も起こらなかった。

 バラナシのガンジス川には訪れる者が絶えない。早朝から晩まで本当に様々な人間の業を見ることが出来る。
 死から悪までのありとあらゆる物事が混沌とするこの地は地球の底なのか、はたまた天に近い聖地なのか。どちらにしろ、底がぬかるんでいることだけは覚えといた方がいいかもしれない。




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