都会のジャングル (カルカッタ) 2003年3月28日〜4月1日


 列車はカルカッタのハウラー駅に到着。同じ列車に乗っていた旅人に、サダルストリートに行くのかと声を掛けられた。サダルストリートは安宿が多くあり、この町に来たバックパッカーなら誰もがまず向かうストリート。

 声を掛けてきた男はカルカッタが5回目というオーストラリア人だった。この男はサダルストリートにパラゴンという安宿があるのを知っていた。何度も来ている人間がお気に入りの宿だと言うので、私も一緒にその宿へ向かうことにした。

 パラゴンは世界各地からやって来た旅人で溢れ、そのほとんどが個性的な連中だった。その中でもひときわ輝いていたのは青森出身の若者だった。
 容姿はまるでヒッピーで、カルカッタに来る前はゴアに3ヶ月いたという。おまけに薬でキマっているのか頭がイカレてるのか、話すことは突拍子もない事ばかり。

 力説していた内容は、出身地の青森に帰ったら選挙に出馬してまずは村長になる。それから県知事、国会議員と出世して、日本の総理大臣まで登りつめる。そしたら次は世界の大統領になって、最後には地球の大統領になるのというものだった。

 町にあるカーリー寺院では山羊の首を切断し、カーリー神に供える儀式がある。到着すると既に儀式が行われており、お経や歌のようなものが唱えられていた。
 入口で案内してくれたインド人の話では、今日はカーリーの誕生日なので51匹の首が切断されるとのこと。

 断頭台には山羊が乗せられ、何のためらいもなく刃が振り落とされていた。首がなくなった胴体は血を流しながらも、しばらくはまだ動いている。首が切断された後の断頭台には多くの信者が群がり、こぼれた血を指に付け自分たちの額に塗っていた。

 寺院の隅の方には、解体された山羊の肉が置かれている場所があった。そこでは犬やカラスがこぼれ落ちた肉の欠片を食べている。寺院の至る所には異様な空気が流れていた。カーリーの怒りを静めるために山羊の首が供えられる儀式。よそ者の私に理解するのは難しいことだった。

 路上では様々な人間たちがうごめいていた。ガラクタから貴金属類まであらゆる物を売る者たち。ある男は新聞からハリウッド女優の写真を切り抜き、それを別の紙に貼り付けて売っていた。人口世界第2位のこの国では、こんな商売も成り立つのだろう。

 物乞いも多くいた。片腕が半分しかない男は路上に仰向けになり、その短い腕をしきりに動かして小銭を求めていた。
 テントのようなものを路上に作り、そこで生活する者たちもいた。それはまるで町の中でキャンプをしているかのようだった。

 町には地下水を汲み上げる手動式のポンプが数箇所あり、早朝はそこで男たちが座り込んで体を洗い流していた。露天風呂ならぬ、露天浴場といった感じである。
 ある時は何かのデモ運動にも出くわした。集団が手をつないで横に広がり、市内を走る路面電車を動かさないようにしていた。

 イカレた旅人から路上の生活者まで、人間模様の一から百までを見ることができるカルカッタ。まさに都会のジャングルという言葉がぴったり当てはまる場所である。
 弱肉強食のジャングルでは誰もが必死に生き、さらに強くなろう、さらに偉くなろうと望むのだろう。地球の大統領になりたい青森出身の若者のように。




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