不思議なカフェ (ジョードプル) 2003年2月3日〜4日


 数日滞在したプシュカルを発ち、隣町のジョードプルへとバスで向かった。運が良いのか悪いのか、隣に座ってきたのは変なオッサン。何やらぶつくさと独り言を呟いていたと思えば、後ろに座る客たちの会話に突然ヤジを飛ばしたりと、行動はエキセントリック。

 言葉が分からないので何を言っているのか分からないが、文句をつけられた客たちの顔から察しても、このオッサンが明らかに変だというのは一目瞭然だった。
 オッサンは次なるターゲットを求めていたのだろう。今度は隣に座る私にIDカードみたいな物を見せながら、何やら訴えてくる。カードには「ELECTION COMMISION OF INDIA」という文字が記されていた。

 選挙委員か何かなのか知らないが、そんな物を見せられてまったく意味は分からない。しばらくは相槌をしながら相手にしていたが、これ以上構われては身が持たないので、頃合を計って寝た振りをして難を逃れた。

 ジョードプルには都会特有の忙しさが漂い、久々にクラクションの喧騒を聞いた。ここに来る前はのんびりとした町にいたので、これがやたらに騒々しい。泊まった宿の近くには大きな病院があるためか、通りに並ぶ店がほとんど薬局だったのは異様(医用)だった。

 自分にも薬が必要だと、町で酒を探し回ったが見つからない。諦めて宿へ戻ろうとすると、インドでは珍しいネオンが光ったお洒落なカフェがあった。
 ここならありそうだと思ったが、残念ながら酒は置いてない。最後の砦が崩れて落胆した私を見かねたのか、店員はちょっと待ってくれと言って店の奥へと消えた。

 しばらくするとオーナーと思える若い男が現れたので、どこかに酒屋はないかと聞いてみると、ビールなら用意できるという答えが返ってくるじゃないか。
 落胆していた状況は一変し、辺りはビールのように輝き始めた。是非とも頼むと席に腰を下ろし、まだかまだかと、喉から栓抜きが出る程に待っていた。

 しかし、5分待っても10分待ってもビールは出てこない。きっとどっかまで買いに行っているのだろうと、雑誌を読んで気を紛らわしていた。それから20分程待ったか、ようやくお目当てのビールが到着した。

 だが少し奇妙だったのが、ビールを持ってくるウエイターがボトルを隠すように持ってくること。グラスにビールを注ぐと、ボトルは同様に店の奥へと持ち帰る。グラスを飲み干してもう一杯くれと頼むと、また同じように持ってくる。

 この闇取引みたいな理由が何かと、飲みながら推測してみた。もともとこの店は酒なんて出さないただのカフェ。でも店長は小遣い稼ぎが出来そうだと酒を用意した。
 でもヒンドゥー教ははあまり酒を好まない。なので信者である店員は酒を持ってるのが悪い事に感じ、その行動が余所余所しくなる。おそらくこんな理由だろうか。

 ガラス張りの2階の窓際で英語の雑誌を読みながら、そのビールを飲んでいた。窓越しに外を見れば、1階の店の前では物乞いをしているオッサン。西洋のポップソングが流れる店内にいるのは、この国では金持ちそうに見える客。
 すごい違和感だった。変な気分になり酒もまずくなったので、早いピッチで飲み干して席を立った。

 レジで勘定を済ませようと料金を尋ねると「お客さんの気持ちで」と意外な答えが返ってきた。頼む前に50ルピーと言っただろと確認してると、店員に代わって再びオーナーが出現。そして「店では50ルピーですけどね」と、意味深に呟いてきた。

 その言葉には「無理な注文を聞いたんだから、それなりの料金を払ってくれませんかね」といった気持ちが込められていた。
 持ち金を見ると、ポケットには50ルピー札と100ルピー札だけ。しかたなく100ルピーを払い、釣りは無理な注文へのチップだと言って店を去った。

 ボトルを運んできたウエイターや、店の奥から様子を伺っていたオーナー。店でビールを飲んでいた私に対して、彼らには困惑した表情があったように思えた。
 この町へ来るバスの中にいた変なオッサンのように、私も変な奴として見られていたのだろう。一日中いろんな所で違和感に浸っていたので、自分の違和感には鈍感になっていたのかもしれない。




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