有名人になりたい人は (ダッカ) 2003年6月5日〜10日


 世界の中でも最貧国の1つであり、最も人口過密で最も遅れた発展途上国。しばしば起こるサイクロンと洪水も、そこで暮らす人々を悩ませる国のバングラデシュ。この国を訪れれば、あなたはたちまち有名人になれるだろう。

 それはなぜかというと、この国はとりわけめぼしい観光地がないため、訪れる観光客が極めて少ない。だから観光客である外人は、たちまち好奇心の強い地元人の目にとまる。そして、まるで有名人になったかのように取り囲まれて、質問攻めに逢うのだ。

 実際に私も町を徘徊している時に、何度もそんな経験をした。店先や道行く人々から「どこからか来たんだ、名前は何だ」と好奇の眼差しで声を掛けられ質問される。
 彼らにはたまに来る外人がとても珍しく見えるのだろう。人通りが多い場所で立ち止まってカメラを取り出したり、ガイドブックなどを出そうものならたちまち「何をしてるんだ、何を持ってるんだ」と聞かれる。

 好奇心を持った人々も立ち止まり、人だかりが出来る。そしてまた質問の攻撃を浴びせられる。こんな歓迎も最初は嬉しいが、テロリストのような質問攻めが続けば嫌気がさしてくる。次第に質問はてきとうに受け答えていた。

「どこから来たんだ」 『火星だよ』
「どこの国の人間だ」 『インド人だ』
「名前は何て言うんだ」 『ジャッキー・チェンだ』

 首都ダッカは交通量が多く渋滞もすごい。とりわけリキシャ(サイクルタクシー)が以上に多い。旧市街を走るリキシャの数は異常なほどで、歩くスペースがないほどだ。少しでも注意をそらせば轢かれかねないくらいの勢いがある。

 ダッカの大気汚染は世界最悪の水準だとも言われている。町を走る車からばらまかれる排気ガスが、空を不透明の白い膜で覆い、スモッグの傘を作っているのだ。
 またリキシャの客引きも執拗だ。そんな状況の町を歩かなければならない旅人には、相当のタフさが必要になる。

 たまに見かける女性たちは、目の部分だけが開いた民族衣装のブルカで全身を覆っている。子供や若い娘などは顔を出している者もいるが、肌を露出してはいけないこの国では、このスタイルが女性のお洒落になっているという。
 それに女性は家にいることが美徳とされているので、町で見かける事が少ない。町に溢れているのは、質問攻めをするイスラムの戦士たちだけだ。

 町には貴金属店が多くあり、そこではアクセサリーを物色する女性客を見かけた。全身をブルカで覆ってるのに、どうして装飾品を買うのかと不思議に思っていた。
 地元の人から聞いたところ、女性たちは家の中でそれらの貴金属を身に付け、お洒落を楽しんでいると言っていた。外人の私にとっては理解しがたい事だ。いろいろ複雑な事情やルールがイスラムの戒律の中にはあるのだろう。

 イスラム教は酒が御法度なので、この国に酒屋はない。もし酒が飲みたければ外国人用のレストランに行くしかない。私は質問攻めのストレスを消したかったので、そこへ足を運んだ。
 驚いたのが酒の料金だ。500ミリの缶ビールの料金が泊まっていたホテルと同じで、おまけにそれは女を買うのとも同じ額だった。

 薄暗い店内にいる客は、だいたいがベンガル人かインド人。まるで隠れて飲んでいるような雰囲気は、怪しげで楽しくもあった。
 価格の設定に疑問を感じるビールを何杯か飲んで疲れを癒し、翌日の質問攻めの為のエネルギーを蓄えた。

 ダッカには独特のデザインをした国会議事堂や昔の城、市場やメインのエリアなど観光する所も多少はある。しかし、そんな場所を訪れるよりも、地元の人の生活を見たり、質問攻めの会話を楽しんだりと、この町は歩いているだけで充分楽しめる。
 こういった事の方が、この町では一番刺激的な事かもしれない。有名人になりたい人は、一度この国を訪れてみるといいだろう。




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