ネットで登山の縦走ルートを調べてる時に、富士山の裾野に広がる青木ヶ原樹海の事を思い出した。樹海と言えば自殺名所として有名で、コンパスが効かなく、一度入ったら出られないという噂を持つ原生林。
登山とは少し違うが、そんな森を縦断か横断するのも面白そうだ。そこで、それが可能なのかグーグルマップを見ながら調べてみた。
樹海の面積は約30平方kmで、山手線に囲まれた面積に同等する。「入ると出られない」という俗説があるが、どうやら一部には遊歩道や案内看板もあるようだ。しかし、遊歩道を外れて森を歩くとなると、360度どこを見ても木しかないので迷う可能性は多い。
私が歩きたいのはピクニック気分の遊歩道ではなく、コンパスだけを頼りに道なき道を進む、冒険気分満載の道だ。
コンパスが効かないという噂は、地盤に磁気を帯びた岩がある為。それも多少のもので、南北が逆さまに狂う程じゃないだろう。まあ、それも実際に歩けば分かること。
地図上で青木ヶ原が記されているのは本栖湖や精進湖の辺りで、その付近には国道139号線が走っている。東側には県道71号線が南へと伸びており、風穴や洞穴などの観光地がいくつあった。
この国道と県道を直線で結べば縦断や横断は可能で、その距離も約4km程度しかない。これならやれると確信した私は、いくつかのルートを考えてみた。
候補に挙がったルートは2つ。1つは国道139号線の富岳風穴から、同じ国道139号線の南西にある本栖湖付近へ出るルート。
もう1つは精進湖から南東へ下り、富士風穴付近の県道71号線へ出るルート。どちらとも逆からでも行けるので、4つのパターンが考えられた。
本栖湖や精進湖、西湖の湖畔にはキャンプ場が多くあるので、どうせなら日帰りでなくキャンプして帰りたい。そこで、バスでのアクセスなども考慮して、縦断は本栖湖から北東の富岳風穴へ進むルートに決定。
縦断終了後は富岳風穴付近から北に上がって西湖まで歩き、湖畔にあるキャンプ場で1泊する。テントやキャンプ道具一式を背負いながら歩くことになるが、万が一樹海で迷った場合は、森の中で泊まる事も出来る。
既に梅雨に入っていたので、縦断は合間の晴れた日に決行。高速バスに乗って河口湖駅まで行き、そこからまたバスに乗って本栖湖の「本栖入口」で下車した。
バス停の近くには民家が数軒あったので、国道139号線を南に500m程下った。その辺りで樹海に入っていけるポイントがあったので、ここから樹海縦断をスタートした。
ゴールの富岳風穴の西へは北東50度の方向。コンパスをこまめに見ながら、ひたすら50度の方向へ直進していく。樹海に入って10分もすると、周囲はどこも木の景色になった。既にどっちの方向から進んできたかも分からない。
地面の岩や木々には苔が生えていて雰囲気がある。屋久島のもののけの森にも似ていた。森というと平らなイメージがあるが、歩いてみるとかなり起伏がある。富士山噴火の溶岩が流れて出来た地形なのだろう。所々に溝があったり洞穴のようなものもあった。
太陽の光はそこそこ入るので、暗くて鬱蒼とした感じではない。ただ、曇りの日だったら自殺の名所という印象を強く感じただろう。
だが、光があまり届かない為に、腐ってる木が多くあった。溝などの傾斜を上り下りするのに木を支えにしていたが、幹が10cm位ある木でも簡単に折れてしまう。
日陰や湿った場所はキノコ生息にぴったり。所々では白黒の色をした20cm位の大きなキノコも見た。食べたら間違いなくトリップしそうだ。
歩き始めてから2時間経った所で、地図には載ってない林道に出た。方角を調べると南北を貫く林道。おそらくハイキングコースのような道なのだろう。
ここまでに2回、靴や服が落ちてるのを見かけた。多分、自殺者の物だろう。それと、何かの目印なのか、木に赤い紐が結ばれてる箇所もいくつかあった。
樹海の中は起伏があるので、歩くのは簡単ではない。なので自殺者が奥まで歩いて来るとは考えられない。おそらく多くの自殺者は、国道や県道から入ってすぐの浅い辺りで死に至るのだろう。
今回、直線で結んだ縦断の距離は約4km。普通の道なら1時間で歩ける距離だが、歩きにくいので、4時間はかかると見込んでいた。林道に出た所で2時間経過していたので、勝手に中間まで来ただろうと判断した。
午後1時過ぎになると、頭上にあった太陽が西の方へ動いたので、進んでいる方角は間違いなさそうだった。仮に迷ったとしても、北か東、西へ直進できれば、どこかしらで道に出ることは出来る。
コンパスが効かなくなる事はなかったが、なしで歩いたら間違いなく迷うだろう。私は10mおきにコンパスを見て方向を確認。前方にある木や起伏の特徴を覚え、それに向かって進んでまたコンパスを見る、といった繰り返しで進んでいった。
中間地点と判断した林道では鹿を1匹目撃した。そこから1時間歩いた間に、廃道になった林道に2回出た。その辺りで前方からバイクが走る音が聞こえてきた。まだ遠いが、先に道があることは確かだ。
さらに30分歩くと、大量の注射器が落ちてるのを発見。その横の木には傘がぶら下げてあり、近くに衣服も落ちていた。注射器の中には実験室で見るような茶色の瓶もあったので、薬物を投与して自殺したのだろうか。でなければ不法投棄だろう。
この他に、折り曲げられた車のナンバーも捨てられていた。自殺者が身元を隠す為に捨てたのか、犯罪関連の証拠隠滅だろうか。とにかく、樹海はいろんな意味でゴミ箱となってるようだ。
衣服が落ちてるのは数回見たが、死体はもちろん、骨などを見ることはなかった。調べたところ、樹海で行った豚の腐敗実験では、白骨化するのは夏期で1週間未満、冬季だと80日程度らしい。発見されない死体は既に白骨化して、落ち葉の下にでも埋もれているのだろうか。
私は心霊現象や占いの類は一切信じてない。だから、自殺者の多い樹海に地縛霊や浮遊霊がいたところで気にもならない。そんな事を言ったら戦国時代にはいくらでも人は死んでいるので、日本全国至るところに地縛霊や浮遊霊がウヨウヨいるだろう。
それに、樹海を歩くからといって、死体とかのグロテスクものにも興味はない。そんなものを発見してしまったら、面倒なことになるだけだ。ただ、秘境と言われる森を単独で歩くのにスリルを感じるだけだ。
コンパスが効かないなどの噂は、マスコミが作り上げた誇張だろう。本栖湖から歩き始めて4時間、何事もなく国道139号線に出て樹海縦断を達成。しかも、出た場所が予定通りにぴったりのポイントだった。
当初の予定では、ここから再び樹海に入り西湖まで歩こうと思ったが、もう満喫したので、県道21号線を歩いて西湖へ向かった。
歩きながら利用するキャンプ場へ電話すると、客が1人もいないから使えないと断られた。どこかに空き地があるだろうと進むと、富士山の景色が見事な「野鳥の森公園」があった。公園には芝生が広がっており、トイレもあるので水も確保できる。
キャンプに絶好の場所を見つけたが、時間が早いのでテントは広げず、ひとまず酒を飲みながら疲れを癒すことにした。
富士山の眺めが良いからか、写真を撮りに来る者が数人いた。それだけでなく、パトカーが2,3回やって来て、2人の警察官が樹海に入っていった。
数十分後に出てきた時は4人に増えていたので、何があったのか尋ねてみると、樹海をオリエンテーリングをしていた中学生が、首吊りの死体を発見したとの通報があったという。その時近くに白い服を着た女もいたらしい。情報が本当なのかどうかは分からないようだったが、こういう事は年中あるようで、樹海は今でも自殺者が多いと言っていた。
持ってきた酒が少ない上にラジオも壊れており、時間もまだ17時過ぎ。これじゃ長い夜が退屈になりそうだったので、公園でのキャンプは止めて、西湖へ移動することにした。
するとタイミングよく、前方から周遊するレトロバスがやって来た。運転手に聞くと河口湖駅まで行くというので、キャンプは止めてそのまま帰宅することにした。
途中で通過した富岳風穴にもパトカーが何台も停車しており、さっき聞いた情報の捜索をしていた。その事をレトロバスの運転手に話してみると、やはり自殺者は今でも多いようで、バスにも行方不明者のビラが配られていると見せてくれた。
樹海縦断中に何度か携帯を開いたが、アンテナが3本ばっちり立っていて拍子抜けした。秘境と言われる樹海なら、やはり圏外になってもらいたいものだ。
しかし、たとえ4kmの縦断といえども、道なき道を進む単独での縦断はスリルがあり、冒険をしたという充実感を久しぶりに味わえた。