予想外の国境越え (タイからカンボジア) 2009年7月8日


 タイの首都バンコクのカオサン・ストリート。ここを訪れるのは今回で4度目になる。物価は少し上がったようだが、世界各地から集まった旅行者で賑わう通りの景色は数年前と何ら変わらない。到着早々に降り出したスコールが、雨季に入ってることを実感させた。

 最初の移動はバンコクからカンボジアのシェムリアップまでの国境越え。カオサン・ストリートの旅行会社ではシェムリアップまでの直通バスが売ってるので、それに乗れば簡単に移動することは出来る。

 しかし、そのバスは国境のビザ取得で料金をふっかけられたり、シェムリアップの到着時間が遅いなどの悪い噂があった。それも嫌だし簡単に行くのも面白くないので、どうせならと自力で行くことにした。

 バンコクから列車で国境手前にあるアランヤプラテート駅まで6時間。そこからトゥクトゥクで国境を目指した。
 カンボジア入国にはビザが必要だが、事前に持ってなくても国境で取得出来る。国境にある建物の一室で取得するのだろうと思っていたが、連れて行かれたのは国境手前を右折した所にある建物だった。

 数人の旅行者が同様に到着するとすぐさまテーブルに座らされ、必要書類を手にして待っていた連中が即対応。そして記入事項を書き終える前に、料金は30ドルだと慌てるように金を回収していた。
 調べていたビザ取得費用は20ドルだし、想像とはまるで違う場所に胡散臭さを感じたので、私は金を渡す前に尋ねてみた。

「ここは本当に国境か?ビザ代は20ドルじゃないのか?」
 そう聞いても返ってくるのは、ここがビザ管理所で料金は値上ったという答え。芝居じみた一連の流れ作業を見ているので、どうにもその答えに信憑性が感じられない。

 旅行者を連れてきたトゥクトゥクの運転手たちをよく見れば、その顔はアランヤプラテート到着前に列車内を何度もうろついて乗客の顔をチェックしていた奴等。どうやら完璧な出来レースにはめられたようだ。

 今更仕方ないし揉めるのも面倒なので、止む無く30ドル払いビザを取得。担当していた男は、国境を越えてからシェムリアップまで何で行くのか聞いてきた。私がピックアップを利用すると、男は何を考えてるんだという顔で答えてきた。

「この国境は治安が悪く、政府もピックアップの使用を勧めてない。もし1人で行ったら君は殺されるぞ。だから安全なバスを使った方がいい」
 そんな脅し文句を言って勧めてきたバスの料金をは500B。

「バンコクから350Bで行けるのに、何でここからの料金がこんな高いんだ!」
 私はそう文句を言い残し、トゥクトゥクの運ちゃんに出発するぞと国境へ移動した。
 手続きを済ませカンボジアに入国した後も、さっきの男が追いかけてきては、「バスに乗ってけ、1人で行くのは危険だ」と、しつこく言ってきた。

 カンボジア側国境の町ポイペトは治安が悪いのは私も知っていたが、執拗に勧めてくる男の言葉を無視して、私はそのまま歩いてい行った。
 数キロ先に停まっていたピックアップの荷台に乗っていたのは、おばちゃんおっさんと若い娘2人の4人。危険などといった言葉からは程遠いほのぼのしたムードの中、ピックアップはシェムリアップへと出発した。

 ひたすら続く直線道路の左右には緑の平野。快晴の下で受ける風も気持ちいい。シェムリアップまでは悪路とのことだったが、どこも舗装された快適な道だった。
 途中でおっさんとおばちゃんが降りた後でバスターミナルに到着。新たな客探しかと思っていると、運ちゃんにここで降りろと言われた。

「何を言ってんだ。早くシェムリアップに行ってくれ」
 私はそう促したが、同乗していた若い娘2人も、シェムリアップ行きはあっちの車よと、隣に停まっていたピックアップを指差さしている。訳が分からないが仕方なく降りると、乗っていたピックアップはさっさとバスターミナルを去っていった。

 移ったピックアップはほのぼのムードから一変。乗っていたの客の大半はガラの悪そうな若者で、運転手や周りにいる連中とも顔見知りの様子。ピックアップがなかなか出発しないので、突然現われた外人の私を見ては、現地語で何やら盛り上がっていた。

 その中に一際眼つきの悪い奴がいた。こいつは隣に座る仲間に殴る真似などをし、救急車のサイレン音を口で真似たり、札束を数えるジェスチャーをしたりして、チラチラと私を表情を伺っていた。
 乗客にはこいつらとは仲間ではない2人の真面目そうな若者もいた。彼らはその会話を聞いて、何か困ったような表情をしていた。

 私の直感が「これはまずいかもしれない」と危機を知らせていた。あくまでも想像だが、このままどこかへ連れて行かれて本当にそうなっても困る。旅は始まったばかりなので、いくらかの現金も抱えてる。相手が1人ならまだしも、6人もいたら勝ち目はない。

 私は自分の直感を信じ、このピックアップを降りて別の車を探すことにした。しかし、バスターミナルにはシェムリアップ行きのバスやピックアップが他にはない。おまけに客引きがしつこく追ってくる。暑さも伴い鬱陶しくなったのでその場を離れて大通りへと出た。

 そこで別のバスやピックアップを拾おうと思ったが、なかなか目当ての車が見つからず時間だけが過ぎていった。
 半ば途方に暮れてると1台の乗用車が停車。運良くそれがタクシーだった。シェムリアップまでの料金を聞くと5ドル。ここでこれを逃したら次いつ見つかるか分からない。料金は高いが仕方なくそのタクシーに乗っていくことにした。

 エアコンの効いたタクシーでようやく安堵。これでシェムリアップまで行けると思いきや、1時間くらい走った町でタクシーは停車した。運ちゃんは通りで別のタクシーを探してる。助手席にいたおっさんが乗り換えるのかと思ったらそれは私で、またしても別のタクシーに乗り換える羽目に。

 料金の事を聞くとそれは問題ないと言い、最初に払った5ドルを新たなタクシーの運ちゃんと分けていた。そして別のタクシーで再びシェムリアップへと出発。
 さっきまでは定員通りの人数で広々座れていたが、乗り換えたタクシーでは私が座る助手席にも別の客が乗ってきて窮屈だった。

 道路の看板からようやくシェムリアップに到着したことが分かった。私は泊まる予定の宿の住所を運ちゃんに見せたが分からないと言われ、町のてきとうな場所で下ろされた。
 道行く人に目的地の方角を何度も尋ねたり、たまたま声を掛けたギャラリーの女性が無料の地図をくれたりして、ようやく宿に辿り着いたのは午後6時。バンコクの宿を朝5時に出発して13時間後のことだった。

 自力の国境越えは予想外の展開続きでスリルに満ちていた。結果的にはカオサン・ストリートでシェムリアップへの直通バスを買ったほうが安かったのだが、そうしたらこの冒険は味わえなかっただろう。
 途中のバスターミナルで直感を信じずにあのままピックアップに乗っていたら、無事にシェムリアップに来ることが出来ただろうか。


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