序章


 仕事を辞めてから随分経つ。職探しをしなければならないところだが、世の中は不況、不況と騒いでる最中。新聞の折込に入る求人広告の数も激変しており、私の働く意欲も減る一方。毎日をダラダラと過ごして酒ばかり飲み、脂肪だけを蓄えていた。

 このままでは時間が勿体無い。何かをしなければ。こんな時に沈まず頭に浮かんでくるのは、旅という二文字だけ。そこで世界地図とネットの格安航空券を眺めながら、どこか安く行けそうな場所はないかと探していた。

 時は3月。私は寒さが苦手なので、気温が低い地域には行きたくない。予算と条件を考えると、候補に挙がるのは東南アジア。その中で訪れた事のないフィリピンや、その下にあるブルネイという国に興味を覚えた。

 冒険的なルートを考えると、フィリピンから船でブルネイへ、そしてさらにインドネシアやシンガポールまでが移動できる。楽しそうなルートだが、これだと予算的にオーバー。
 それにフィリピン〜ブルネイ間の船が危険で、海賊が出るとの噂もある。そこまでリスクを抱えて旅をするのも嫌だ。そこで、海外から国内に視点を変えてプランを練ってみた。

 日本で3月に暖かい場所といえば、沖縄や小笠原諸島。沖縄の格安航空券を調べると、手頃な料金で2週間利用出来るものがあった。これに目を付けた私は、自転車で沖縄本島を一周しようかと考えた。

 調べてみると沖縄一周は約300km。過去に自転車旅行を何度かしたことのある私の計算では、300kmなら4日あれば走れてしまう。
 これじゃ短くてつまらないし、自転車は折り畳みや解体が出来ないので飛行機で運ぶのには手間が掛かる。自転車が駄目なら歩いてみたらどうだろう。突拍子もなくそんな考えが浮かんできた。

 一周は300kmなので、10日で割ると一日30km。それを時間で割ると、1時間5kmのペースで6〜7時間歩けば一周は可能。
 航空券も2週間利用出来るので、時間的にも丁度いい。何より歩き旅というものを一度やってみたかった。かくして「沖縄一周てくてく旅」というプランが出来上がった。

 自転車旅では荷物を多く積めるが、歩き旅となると荷物は背負うしかない。しかし、キャンプ道具や食料などをバッグパックに詰め込むと、重量は20kgにはなる。それを背負って歩く事を考えた時、過去の思い出が蘇ってきた。
 それは東海自然歩道を歩いた時の事だ。これは東京から大阪まで1300km続く自然道で、私はそれを通して全部歩こうと挑戦した。

 だが歩道といっても山越えがいくつも続く登山道。それだけでも体力がいるのに、背中には重い荷物。腰への負担は半端ではなく、肩も擦れて痛くなる。
 そんな状況下で3日間歩いたが、さすがにこれは無理だと判断しギブアップ。あれを思い出すと、たとえ10日間でも重い荷物を背負うのは体が持たないだろうと思った。

 だが今回計画した沖縄一周は山道ではなく、アスファルトの上を歩いていくだけ。何か良いアイデアはないかと考えた時、キャリーカートというを思い出した。これに荷物を積んで引っ張っていけば、問題は解決出来る。

 ネットでキャリーカートを調べてみると、積載25kgまで可能なサイレント・キャリーカートなる商品があった。これはタイヤがウレタン樹脂で出来ているので、ガラガラと引き摺る音が出ないという優れもの。
 これなら煩わしい音にも邪魔されずに済む。ここで意を固めた私はこのサイレントカートと航空券を購入し、歩き旅を実行することにした。

 購入した航空券は安かった為か、出発日の11日前までしか買えなかったので、その間に毎日近所を2,3時間歩いてトレーニングした。100円ショップで沖縄の地図と10日分の食料も購入して準備もオーケー。

 最初はバッグパックをカートの上に載せようと考えたが、雨の日の対策が面倒。そこで、バイク旅をする連中がよく使う、大きな工具箱を利用することにした。
 これで雨の日も心配はない。その箱にキャンプ道具一式を詰め込み、食料や衣類など濡れても比較的ダメージがない物はボストンバッグに入れた。

 旅を始めたら1日7時間歩いて30km進まなければならない。出発日まで毎日トレーニングしていたが、2,3時間歩いただけでも足や腰が痛くなってくる。
 これで本当に一周することが出来るだろうか。少々不安を抱えながら出発日を迎え、いざ沖縄へと旅立った。

[この日の写真]


[ 前へ ]  [ 目次 ]  [ 次へ ]


Copyright (C) 2019 諸行無常 All Rights Reserved