インド的歓迎 (デリー)2003年1月17日〜23日


 刺激が溢れた冒険を求めて、何かが起こりそうなインドへ行くことにした。最初の目的地に選んだのは首都のデリー。ここから電車やバスなどを使い、インド国内を放浪していく。

 成田から乗った飛行機はバンコク経由のデリー行きで、到着予定時刻は21時。バンコクの上空を過ぎた辺りまでは、訪れる地への興奮と不安で起きていたが、何杯かのアルコールと疲れが睡魔を呼び、いつしか深い眠りに入っていた。

 辺りのざわめきで目を覚ますと、飛行機は着陸体制に。流れていた機内アナウンスを聞いてみると、デリーではなく別の都市のムンバイの気候や時刻を告げている。
 なぜだろうと寝ぼけた頭を回転させた時、重要な事を思い出した。それは、この飛行機がデリー経由のムンバイ行きだったことだ。

 腕時計を見るとすでに22時半。デリー到着予定は21時だったので、単純に考えれば寝過ごしたことになる。繰り返された機内アナウンスを今度はしっかりと聞いてみたが、やはりムンバイの情報に変わりなかった。

 もしかすると聞き間違いかもしれない。そんな可能性を期待しながら、隣に座るインド人にここはどこかと聞いてると「ムンバイに到着した」という確固たる答えが返ってきた。もはやデリーなんて単語はどこからも聞こえてこない。どうやら完全に寝過ごしたようだ。

 その事を隣のインド人に説明すると、なんとデリーには悪天候の為に着陸出来なかった事が分かった。寝過ごしていたならまだ諦めが付くが、悪天候とはどういうことだ。しょっぱなからツイてない。しかし、文句をいくら言ったところで、ムンバイにいる現実は変わらない。

 さてこれからどうするか。そう考えながら税関へ向かうと、人だかりの真ん中で航空会社の係員が「デリーへ向かう別の飛行機を用意しますが、朝の9時まで待って下さい」と乗客に説明をしていた。

 9時間も待つのは止めてここから旅を始めてもよかったが、初めての国に足を踏み入れるには少し遅すぎる時間帯。いきなり危険性を伴うのもリスクが大きいし、当初に決めたスタート地点のデリーから旅を始めたい。そう考えて、朝まで待つことを選んだ。

 乗客に与えられたのはラウンジでの無料の食事だけ。寝床はないので、長い待ち時間を空港内のベンチでダラダラと過ごした。
 朝になって用意された飛行機に乗り込み、やっと出発できると一息つけば、なんと今度はフライトが1時間半遅れ。この時に私の中で時間という概念が壊れた。どうやらこの国にはタイム・スケジュールというものが存在しないらしい。

 そんな経緯を経て、やっとのことで到着した首都デリー。安宿が集まるメインバザールは空港からバスで約40分。そのバスが出発間際だったので駆け込んだ。
 ようやく事がスムーズに動き出したと思ったが、すぐ出発するはずのバスはなかなか動かない。今度は何が起こったんだと運転手を見ると、私を手招きした客引きと口論している。

 何をやってんだと眺めてると、客引きの男がバスに入ってきて私を呼びに来た。運転手も私の方を見ている。客引きは現地の言葉で何か説明してきたが、何を言っているのかさっぱり分からない。ジェスチャーから理解できたのは、バスを降りろということ。理由はまったく分からないが、仕方ないのでバスを降りた。

 次のバスの出発時間を聞くと1時間後。一体どれだけ待たせれば気が済むんだろうか。バスに乗らなくてもタクシーを使えば、目的地までは簡単に行くことができる。だがここまで待たされているので、意地でもバスで行ってやろうと待つことにした。

 1時間後にやって来たバスに腰を下ろし、ようやく一息付いたのも束の間。なんと今度はこのバスの出発が、1時間半も遅れるというオマケ付き。私ははめていた腕時計を投げ捨てたくなる衝動に駆られた。

 目的地のメインバザールに着いたのは17時。本来ならここに昨夜22時には到着していたはずだったのだ。
 インドではこういう事がよくあると聞いてたので、それなりの忍耐力は用意していたが、こんなにハプニングが起こるとは想像以上である。最初から沢山の洗礼を浴びせられた私は、この国に優しく迎えられたに違いない。


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