ヒッピーの聖地 (オーストラリア) 2000年4月


 バイロン・ベイから車で1時間の人里離れた山あいに、ニンビンという小さな村がある。オーストラリアに訪れたバッグ・パッカーなら多分誰もが一度は耳にするこの村は、ヒッピーの聖地として有名な所。
 村にはいくつかのコミュニティがあり、ヒッピーたちが野菜を作ったり電気を使わなかったりと、浮世離れした生活をしている。

 この村が有名なもう一つの理由は、マリファナが半公認状態であるということ。ヒッピーが集まる最大の理由はここにあるのだろう。この村では警察官も仕事中以外はマリファナをやっているなんて噂もあるくらいだ。

 メインストリートに並ぶ店は、60年代のフラワー・ムーブメントを思わせるようなデザインをした看板を掲げている。おまけに村中ヒッピーだらけ。
 全員キマッているんじゃないかと思うくらい呑気な雰囲気が漂い、辺りの景色と合わさって、さらにのんびりと、どんよりした時間が村全体を包んでいた。

 だが「ドラッグ法改革集会 第二日曜日」なんて宣伝まであったくらいだから、ただ俗世間から離れて自由を謳歌しているだけでなく、本気で自由を獲得しようとする意気込みはあるらしい。
 しかし、その集会の内容はどんなものなのだろうか。ジョイントを回しながら、ああでもないと話しているうちに解散、なんてノリではないだろうか。

 村の中心にはあったのはニンビン・ミュージアム。中に入ると、全身緑色の服を着たおやじが2m程の枯れ木の前に立ち、訪れていた観光客に何やら説明していた。それはなんと大麻の枯れ木であり、この村で育った一番大きなものだった。

 あたかも自分の業績であるかのように、おやじは誇らしげに自慢している。緑色の服を着てるのも大麻草を表現している為で、どこまでもマリファナの合法化をアピール。
 なかなかキャラの濃いおやじだった。あそこまでするくらいだから、おそらくこの村の長に違いないだろう。

 ミュージアム内にはラヴ・アンド・ピースの平和的メッセージも多くあり、ちょうどボブ・マーリーの「Is This Love」が流れていた。既に一服キメていた私の耳には、ボブ・マーリーの音楽が一層心地よく響いた。
 テレビのブラウン管に「Get Real(真実を得ろ)」というコメントが書かれた作品もあった。どんな立場に立つにせよ、真実って一体何だ、なんて事を考えたりもした。

 ミュージアムの中におそらく地元の子供だと思うが、ローラースケートを履いて走り回る10歳くらいの女の子がいた。この子が私の前に来て立ち止まるなり「私と踊りたい」なんて質問をしてくる。
 冗談で言ってる様子でもなく、表情は至って普通。遠慮しとくよと断ったが、何か普通では考えられない変な質問だなと思った。

 ただ単に遊んで欲しかっただけなのかもしれないが、この村だからこんな小さい子もキマッていて可笑しな事を言ってるんじゃないか、もしくは踊りたいというのは本当は「私を買わない」という意味だったのかと、余計な想像を膨らませた。

 バイロン・ベイに戻るバスの横では、これまた10歳くらいの少女がマッチではなくマリファナ入りのクッキーを売っており、観光客に「クッキーを買いませんか」と真剣な表情で尋ね回っていた。
 確かマッチ売りの少女はひとつも売れなくて、その場で凍えて死んでしまったはず。この子もほっといたら枯れてしまうと、思わず一袋買ってあげた。

 おそらくヒッピーか売人の娘で、生活費稼ぎにこんな事をさせられていたのだろう。帰りのバスの中でそのクッキーを齧りながら、そんな事を想像した。それはともかく、ヒッピーの聖地ニンビンは、予想以上にサイケデリックな所だった。




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