町に潜むスポーツ選手 (イギリス) 1998年5月11日


 初めての海外一人旅でイギリスを訪れた時、ロンドン観光のハーフタイムとして、テムズ川にあるベンチに座って休憩していた。
 後半はどこを観光するかと作戦を練っていると、向こうからイングランドの伏兵がドリブルをするかのように歩み寄ってきた。

 片手にはコーラの缶ジュースを持っており、明らかに怪しいオーラを放っている。案の定、このイングランド代表はアジア代表の私にパスを出してきた。
「やあ、どっから来たんだい。僕はスコットランドから来たプロゴルファーなんだけどさ」
 私の想像でサッカー選手と決め付けていたこの男は、なんとプロゴルファーだと宣言してきたのである。しかし、手に持っているのはゴルフクラブではなくコーラの缶だ。

「ゴルフの試合があってロンドンに来たんだ。でも財布とバッグを盗まれちゃって、スコットランドに帰れないんだよね」
 コーラを飲みながら男はそう話しているが、貴重品を盗まれた被害者の空気など微塵もない。話していることは全て嘘だろうと分かっていたが、私はこれも英語の練習になるなと、面白半分に話を聞き続けた。

 強引なホールイン・ワンを狙ってきた偽ゴルファーの話は想像通りの展開。私はすかさずキャディーになり風向きを読んだ。そこに吹いていた風はあきらかに逆風だったが、偽ゴルファーは無理なアプローチを試みた。
「だから、よかったら金を貸してくれないかな。住所を教えてくれれば、スコットランドに戻り次第送金するからさ。頼むよ」

 相変わらずコーラを飲みながら、呑気にそんな事を言ってくる。私の英語力は中学生以下であったが、聞く力だけは備わっていたので、話していることはほとんど理解できた。そこで、キャディーである私は偽ゴルファーにアドバイスをした。
「金なんか持ってないよ。向こうに行って他の人に頼みな」

 ホールイン・ワンを狙った偽ゴルファーのスイングは、テムズ川へと池ポチャである。偽ゴルファーはこれ以上OBは出したくなかったのだろう、「それじゃ他の人に頼んでみるよ」と言って、コーラを飲みながら次のホールへと去って行った。

 ロンドンの中心地には、高い円柱の柱が立つトラファルガー・スクウェアがある。近くにはナショナル・ギャラリーなどもあり、ロンドンの観光地として有名な場所だ。
 そこへ訪れると今度は偽ゴルファーではなく、観光客を狙った偽カメラマンがいた。広場を抜けてギャラリーへとドリブルする私を、そいつはデフェンダーの如く立ち塞いできた。

 偽カメラマンの手口はこうだった。まずターゲットに近づいて写真を撮る。そして、写真を撮り終えるとアルバムを見せて話し掛けてくる。
 アルバムの中には同様に撮られと思われる観光客の写真がある。そして住所を聞かれ、後で写真を送るからと料金を告げてくる。

 要するに何とかうまく金を先にもらい、とんずらしようという魂胆だ。こんなものが後で届くはずがない。偽者と見破った私は「そんな物はいらない」とフェイントをかけてドリブルし、そのディフェンダーを抜いてギャラリーへと進んでいった。

 さすが大英帝国はゴルフやサッカーが生まれた国である。町の至る所にも、スポーツ選手が姿を変えて潜んでいるのだ。イギリスらしく紅茶を飲んでティー・タイムなどと、のどかに休む暇はどこにもないようである。




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