異常事態 (博多) 2007年4月9日


 台湾とインドネシアの小旅行に出る時に、九州の福岡で小用も済まさなければならなかった。私は関東で暮らす身なので、どちらかの用事を調整しなければならない。
 だが両方の用事を無駄ない時間で円滑に進めたい。そんな希望で飛行機のチケットを探してみると、なんと福岡出発・成田着という便を発見。迷うことなくそれを購入し、まずは福岡へと向かって用事を済ませた。

 台湾への出発までは半日ほど時間があったので、福岡で太宰府天満宮や歓楽街である中州を訪問。当時テレビでは中州の屋台にある焼きラーメンが話題になっていた。それは通常のメニューではなく、隠れメニューの一品。

 流行りにはあまり興味はない私も、その「隠れメニュー」という響きが耳に残った。折角ここまで来たのだから、そのラーメンを食べていこう。そんな想いに駆られた私は中州に足を運び、川沿に並ぶ屋台で聞き込みを始めた。

 しかし、どの屋台にも焼きラーメンなんて隠れメニューはない。リアルタイムで話題になってる品なのに、どこにもないわけはないだろう。
 私は刑事に変身し、同じ屋台でしつこく聞き込みを始ると、一人の店員が「焼きラーメンを出すのは、天神の大丸デパートの前に出る屋台だ」と口を割ってきた。

 垂れ込み通りに大丸デパートの前には二軒の屋台。すぐさま一軒の屋台に入り「焼きラーメンを隠してるのはここだな」と店主に聞くと、抵抗することもなくあっさりと認めた。10分の時間を下さいというので、焼き鳥をつまみながらビールを飲んで待った。

 この屋台は夫婦がやっていたのだが、女将である女房のおばちゃんの動作が、天然なのかマイペースなのかやたらとノロい。人の注文を聞いていなかったり、焼いている魚を焦がしそうになったりで大将の旦那に叱られまくっていた。

 ようやく待望の焼きラーメンが登場したが、出てきたのはどうみてもただの焼そば。私がイメージしていた焼ラーメンは、麺を豚骨スープで焼いたもの。
 味がそうなのだろうと口にしてみたが、やはりただの焼そば。ホシの居所を探し出そうと必死に聞き込んだが、ガセネタだったのか。敗北した私はせめてもと、その焼そばを平らげて店を去った。

 今夜の宿は事前にインターネットで調べたサウナを利用した。日本の旅では仮眠できるサウナが安上がりになる。その通り、ここも二千円という安さで止まれる場所だった。
 博多駅前の方は四千円だったので、それに比べれても随分安い。サウナと風呂で疲れを流し後、中にあった小さな食堂でビールを飲んだ。

 このサウナに泊るにあたり、ひとつだけ気になっていた事があったので、寝る前にそれを確かめることにした。それは情報に書かれていた「二階は怪しい雰囲気」という不可解な一文だった。その雰囲気とは何なのかと、ここでもまた刑事の気分になり、その二階を調べてみることに。
 二階へと続く階段は急勾配。上には明かりが点されていないので、何があるかまったく分からなかったが、恐る恐るその階段を上がっていった。

 一階は数台の簡易ベッドと雑魚寝が出来るスペースなので、おそらく二階は広い仮眠室になっているのだろう。そんな事を思いながら進むと、階段を全部上がりきる前に薄暗い部屋の一部が見えた。
 そこで目撃したものは、情報に書かれていた怪しい雰囲気なんてものを遥かに越えたものだった。なんと全裸の男二人が寝転がりながら抱き合っていたのだ。

 突然目にした非現実なことに驚き、私はすぐさま階段を引き返して一階に戻った。怪しいなんてもんじゃない、異常な雰囲気じゃないか。
 ここはホモサウナに違いない。すぐさま理解した私は、こんな所で眠ったら夜中に何をされるか分からないと、すぐに着替えて荷物をまとめ、このサウナから出て行った。

 その時に入口にある店名が書かれた看板をよく見れば、名前の横に小さな文字で「男性選科」などという訳のわからぬ文字が記されていた。
 後で考えてみれば、そのサウナにいた10人程の客たちも、どこか怪しいオーラを発していたように思える。まったくとんでもない場所に足を踏み入れてしまったものだ。

 他に安宿の当てはなかったので、博多駅前のカプセルホテルに移動。そこでようやく安眠を得た。あのまま二階を確認せず「男性選科」でそのまま眠っていたら、勘違いでもされてとんでもない事になっていただろう。今後は各地を旅する時には、料金の安さだけで安易に飛び込むのは止めよう。

 刑事の気分になり方々を調べていたが、あんな事があったので、反対に犯人のように逃げる立場になってしまった。
 刑事の時に探し出せなかった焼きラーメンも後で地元の人に詳しく聞いたところ、実はそれが焼きラーメンであるということが確認。世の中には見た目や味の感覚が違うものがあるのだ。台湾というアジアに行く前の日本で、とんだ世界に彷徨いこんだ一夜であった。


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