丹沢主脈縦走 (距離:30Km) 2012年5月27日〜28日


1日目
9:40 大倉バス停
10:30 見晴茶屋
11:30 堀山の家
12:50 花立山荘
13:40 塔ノ岳
15:20 丹沢山
16:20 不動ノ峰

[ この登山の軌跡 ]

2日目
6:00 不動ノ峰
7:00 蛭ヶ岳
8:40 姫次
9:25 黍殻山
10:20 焼山
12:30 焼山登山口バス停





1日目 大倉バス停〜不動ノ峰 (所要:7時間 距離:16Km)

 登山の縦走を一度もやった事がなかったので、手始めに近場の丹沢へと出掛けた。日程は1泊2日で、丹沢主脈を南から北へ縦走する。食料は2日分で済むが、バッグパックにテントや寝袋を詰め込むと重さは15kg。運動不足の体には堪えるに違いない。

 小田急線の渋沢駅からバスに乗って大倉へ。ここから登山開始。いきなり勾配のキツイ上りが続き、重い荷物が腰にくる。この日は日曜日で多くの登山客がいた。誰もが軽装の荷物なのでスピードが違う。

 最初の茶屋を過ぎた辺りで、野生の鹿を2匹目撃した。丹沢には鹿が沢山いるらしが、その為に下草が食べられ、山は荒れて緑が少ないという。
 その後、4時間かけて塔ノ岳に到着。この日はガスってたので、富士山がぼやけてたのが残念。山頂は登山客で溢れていたが、先へ進む者は少なく、ここで折り返すのが定番のようだ。

 小休止してさらに進み、1時間半で丹沢山へ到着。2,5リットルあった水が残り少なくなっていたので、水場がないか山荘で聞くと、この先に不動の滝がある事が分かった。
 それと同時に丹沢は全山キャンプ禁止だということも知った。塔ノ岳に上る途中に「丹沢で唯一のキャンプ場」があったのはそういうことだったのか。

 重い荷物をここまで背負ってきたのだから、今更山荘に泊まるのは嫌だし馬鹿らしい。どこかで空き地を見つけて、意地でもゲリラキャンプしてやる。
 だが、登山道は木道ばかりで、テントを貼れるスペースが全然無い。最悪は蛭ヶ岳の山荘に泊まるしかないと考えて不動の滝に到着すると、その入り口が屋根付きの休憩小屋で絶好のキャンプポイント。

 小屋の壁に「丹沢ではキャンプ禁止」との注意書きがあったが、既に夕方で歩く者もいない。ここならいけるだろうと、ひとまず荷物を置いて水を汲みに行った。
 水場までは13分と看板に書いてたが、実際は5分程。滝はきつい斜面を下った所にあった。滝と言っても、斜面の岩場から水が湧き出てるといったもの。あまり人が来てる形跡はなかった。

 小屋にはテーブルやイスもあったが、半面は壁が無いので風をもろに受ける。その方向から強い風が吹いていたので、かなり寒くとても落ち着けない。寒さを凌げるのは反対の壁の裏だけ。
 テントで早く休みたいが、まだ明るいので人が来る可能性もある。そこで、ひとまず壁の横にマットをひいてビバーク。寝袋に包まりながら寒さを凌ぎ、酒を飲んで飯を食った。

 人が来る気配はなかったので、日が沈む頃にテントを張って寒さから逃れた。夏なら寝袋だけでも平気だったろうが、さすがにテントなしじゃ寒すぎた。
 20時頃に眠ろうとしてると、外から足音が聞こえてきた。文句を言われるかと心配したが、その者はコッヘルなどを出して飯を作ってる様子。ここに泊まるのだろうか。とにかく何事もなかったので、そのまま眠り就いた。


2日目 不動ノ峰〜焼山登山口バス停 (所要:6時間半 距離:14Km)

 5時に起床してテントの外に出たが、昨晩来た者の姿はなかった。あんな時間に歩いてたのだろうか。とにかく飯を食い、滝で水を汲んで6時に出発。
 朝からキツイ勾配を上がり、丹沢最高峰の蛭ヶ岳に到着。昨日もそうだったが、道中には木で作られた通路や階段が多くあった。これが歩幅の妨げになり、歩きにくくてしょうがない。草木を傷つけない為にあるようだが、はっきり言って邪魔くさい。

 姫次からはそれがなくなり、ようやく歩きやすい道になった。ここから西野々までは東海自然歩道。大阪まで続くこの歩道を全て踏破しようと、高尾山から挑んだ事が過去にあるが、その時は2日目で断念し、ここまで来ることもなかった。

 丹沢といえば蛭が有名なので、今回は服装に気を付け塩なども持ってきたが、時期が違うのかその心配はまったくなかった。大倉から姫次までは蛭が出そうもなかったが、姫次からの自然歩道にはその雰囲気がたっぷりあり、注意書きの看板もあった。

 蛭ヶ岳までは茶屋や山荘があったが、姫次からは何もなかった。黍殻山にひなん小屋と水場があっただけ。だが、キャンプが出来そうな空き地は頻繁に見掛けた。
 丹沢を北から南に縦走する場合は軽装でも、蛭ヶ岳までの水や食料は用意しなければならないだろう。

 焼山には鉄塔の展望台があり、その上からは宮が瀬湖がよく見渡せた。ここからの下りは勾配がきつく、随分足が堪えた。
 バス停への分岐を下ると、舗装された道が現れた。その先には大きな岩があり、その下には「山神」と刻まれた石碑があった。

 ゴールの焼山登山口バス停までも、朝に不動ノ滝で汲んだ水2,5リットルでぴったり。自炊の水を含まなければ、1日の移動にはこれくらいの量で足りそうだ。
 バス停の横には諏訪神社がり、近くには公衆トイレや商店、旅館もあった。バス停の向かいには「あおぞら文庫」という看板もあったので、本が読める喫茶店のようなものもあるのだろう。

 バスを待つ間に、商店でビールを買って縦走達成に乾杯。ここから三ヶ木行きのバスは、平日は1日7本、土日祝などは1日2本だけ。反対の便も同様に少ない。
 大倉には人が多かったが、こちら側はアクセスに難があるので、一般登山客にあまり馴染みがないのかも。実際、蛭ヶ岳からここまですれ違ったは、たった3人だけだった。

 縦走は無事に終えたが、翌日待っていたのは全身に及ぶ酷い筋肉痛。やはり運動不足の体にいきなりの登山は堪える。
 帰宅後に丹沢について調べてると、丹沢は山岳信仰の聖地だったことを知った。現在歩かれている尾根道のほとんどは、数百年もの間に修行者たちが踏み分けてきた行者道だという。そのルートもあるようだし、東西の縦走も出来る。まだまだ丹沢は楽しめそうだ。




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