弥生人生活 (静岡) 2002年


 空気の抜けかかったタイヤで焼津市まで走ってきた。ここで自転車屋に寄り空気入れを借りて、昨日完全に直ってなかったパンクの修理をした。

 国道150号線を走っていくと、登呂遺跡の看板を目にした。どうせ入場には金がかかるのだろうと通り過ぎ、その先のコンビニで休憩。
 立ち話がてらコンビニの店員に登呂遺跡の事を聞くと、見るのは無料だという。折角だからと、通り過ぎた道を戻って見学しに行った。

 登呂遺跡は、2、3世紀頃の弥生時代に出来た集落や水田の遺跡。当時の生活スタイルであった竪穴式住居や高床式倉庫などを復元したものがあった。水田も復元され、近隣の小学校、市民が赤米などを栽培しているようだった。
 1ヶ月近くテント生活している私には、弥生人の竪穴式住居の方がはるかに人間らしい生活であるように思えてならなかった。

 小雨がぱらつく中、いちご園が多く並ぶ通りの横のサイクリングロードを走りながら、三保の松原へと向かう。平安の昔から景勝の地とされる三保の松原は、富士山も眺められる白砂青松の浜。

 ここには樹齢650年の羽衣の松や、憧れていた松原を目にする前に死んでしまったという、フランス人のバレリーナの墓などがあった。あいにく天候が悪かった為、海岸からは富士山のシルエットしか見えなかった。

 国道1号線は所々で自転車が通行できない個所があり、迂回したり、横道に逸れなければならなくて面倒だった。
 沼津市まで走り、ここから国道246号線に入る。体力も大分なくなり、雨も降ってきたので、近くにあった公園で今日は寝ようと思った。しかし、地元の連中が集会をやっていたので、諦めてさらに先へと走った。

 裾野駅で周辺を散策すると、川沿いに中央公園を発見。ここは17時半で閉園すると書いてあり門があった。人が来ない公園は好都合だとそれまで時間を潰し、門が閉まった後に乗り越えて進入。

 公園内には何かの行事で使用する為か、大きな簡易テントが張られていたので、その下に自分のテントを張って雨を凌いだ。誰も来いので静かで眠りやすい。神奈川まではあと100kmもない。明日はいよいよゴール出来るだろう。




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