自然を味わう (広島) 2002年


 誰もいない山頂に張ったテントの中で、夜中に目が覚めた。もう一度眠りに就こうと目を閉じていると、何やら外でガザガザ音がする。それは、何者かが山を上がってきているような、落ち葉を踏んでいる音だった。

 音は止まったり動いたりしており、テントの様子を窺っているような感じがした。私はやや体を起こし、その音に意識を集中した。しばらく音が聞こえていたが近寄ってくる気配はなく、やがて音は一切聞こえてこなくなった。
 人間だったのか獣だったのか、一体何者だったのだろうか。別に何事もなかったのだが、得体の知れぬ足音はとにかく怖いものだった。

 早朝に目を覚ますと、タイミングよくちょうど日の入りの時間。昨晩は誰もいなかった山頂だが、展望台にはカメラをセットした者たちが何人もいて、日の出を待ち構えていた。
 町の上空一面に立ち込めた霧は雲のようで、雲海から浮かんでくる朝陽は神秘的だった。ここまで来て見た価値は十分にあった。

 霧が残る三次市を出発し、江の川沿いの国道357号線を北上して島根県を目指す。途中の作木村にあった常清滝は見応えがあった。日本の滝100選でもあるこの滝の落差は126m。瀑水は三段に分かれ、上が荒波の滝、中を白糸の滝、下は玉水の滝と名付けられている。滝の長さは栃木県の日光にある華厳の滝よりも長いという。

 357号線で島根県の邑智町に着き、そこから県道40号線に入って三瓶温泉を目指す。温泉街で多くの風呂があったので、その一つの薬師湯に入った。
 料金は安かったが温泉とは名ばかりで、ほとんど町にある銭湯と変わらない。しかし、数日振りに浸かる湯船だったので、いい気分転換になった。

 今夜の寝床は温泉街から5kmほど走った先にある、奥出雲公園キャンプ場を予定していた。キャンプ場まではかなりの上り坂だったので、せっかく温泉ですっきりしたのに、また汗が吹き出てきた。

 キャンプ場の入口には鎖が掛けられていた。営業はしてない様子だったがまたげば簡単に中に入れたので、勝手に利用させてもらうとことにした。
 公園はかなり広く、キャンプ場はかなり奥あった。営業してないので人が来ることはない。静かなキャンプ場で、自然を独り占めしているような気分に浸れた。




Copyright (C) 2019 諸行無常 All Rights Reserved