歌川広重の「東海道五十三次」を、自分で撮影した写真と比べてみた。
沼津宿と新居宿は間違てるが、その他は絵を描いたとされる場所で撮影してる。

日本橋
(題 : 朝の景)
場所は東京駅の近く、国道1号線の起点「日本橋」交差点。現在は橋の上に首都高速が走って殺風景。


01 品川
(題 : 日の出)
場所は国道15号線、京急本線の北品川駅からの北品川商店街。昔は海に面していたようだが、今は海は見えない。逆光だったので東京方面を撮影してる。


02 川崎
(題 : 六合渡舟)
場所は国道15号線の多摩川に掛かる六郷大橋。1600年(慶長5年)に橋が掛けられたが、1688年(元禄元年)に大洪水で流されて以来、1874年(明治7年)までは船で渡っていたという。


03 神奈川
(題 : 台之景)
場所は国道1号線、京急本線の神奈川駅を過ぎて右に入った台町の、江戸から続く料亭「田中屋」があるところ。この店は坂本龍馬の妻であるおりょうが、龍馬暗殺後の明治の始めに働いていたという。かつては神奈川湊を見下ろす景勝地だったようだが、現在は景色を見ることは出来ない。


04 保土ヶ谷
(題 : 新町橋)
場所は相鉄線の天王町駅前公園。写真は公園にある旧帷子橋跡。かつてはここに川が流れていたが、現在は北側に流れが変わっている。


05 戸塚
(題 : 元町別道)
場所は旧国道1号線の柏尾川に架かる吉田大橋。絵にある茶見世「こめや」は、数年前までは現存していたようだが今はない。絵の中に「左りかまくら道」と記した道標があるように、橋の手前を左折すれば鎌倉に行ける。


06 藤沢
(題 : 遊行寺)
場所は国道467号線と県道30号線が交差する「藤沢橋」付近。絵の正面丘の上に描かれているのは現在もある遊行寺だが、絵と似た景色は撮れなかったので、交差点の隣にある赤い欄干の大鋸橋を代わりに撮影。


07 平塚
(題 : 縄手道)
場所は国道1号線の花水川手前にある信号「古花水橋」付近。正面の高麗山が絵と同じように眺められる。


08 大磯
(題 : 虎ヶ雨)
場所は東海道本線の大磯駅の手前、国道1号線にある信号「化粧坂」を右に進んだ所。その辺で何となく似た景色を探して撮影。


09 小田原
(題 : 酒匂川)
場所は国道1号線の酒匂川に掛かる酒匂橋付近。ここは江戸時代に橋はなく、徒歩や肩車、または蓮台で渡るしかなかった難所だったという。一説では絵の山は駒ヶ岳や箱根の連山らしいが、実は大山だという説があったので、それに従って撮影。


10 箱根
(題 : 湖水図)
場所は芦ノ湖にある恩賜箱根公園の展望台。広重の絵は手前の山がかなりデフォルメされているが、展望台からは絵と似た景色を見ることが出来る。


11 三島
(題 : 朝霧)
場所は県道22号線にある三嶋大社前。ちなみに境内には樹齢1200年の金木犀があり、縁起餅の福太郎が売っている。


12 沼津
(題 : 黄昏図)
写真は県道380号線と国道414号線の交差点である、「三園橋」近くの狩野川沿いを撮影したものだが、後で間違っていた事に気付いた。正しい場所は、ここより手前にある黄瀬川沿いの足柄道。


13 原
(題 : 朝の富士)
場所は東海道本線の東田子の裏駅近く、国道1号線沿いにある浮島ヶ原公園の手前。この周辺からは絵と近い景色が見れる。


14 吉原
(題 : 左富士)
場所は県道171号線にある、左富士神社の先の交差点。江戸から京都へ向かう道中では富士山は常に右側に見えるが、ここだけ富士山が左手に見えることから「左富士」と呼ばれる景勝地になったという。


15 蒲原
(題 : 夜の雪)
場所は県道396号線と国道1号線の間を併走する道で、東海道本線の蒲原駅手前付近。カシミール3Dという三次元表示地図閲覧ソフトを利用して、この場所を特定していたサイトの情報を参考にした。


16 由比
(題 : 薩多嶺)
場所は東海道本線の由比駅、その先から山を上がった所にある「さった峠」。ここは富士山が望める景勝地として昔から知られており、五十三次の作品の中でも当時と同じ景色が望める唯一の場所と言われている。


17 興津
(題 : 興津川)
場所は東海道本線と国道1号線の間にある、興津川に掛かる興津橋付近。橋が3本も架かる周辺の景色に、絵の面影はまったくない。


18 江尻
(題 : 三保遠望)
場所は日本平山頂の大駐車場にある土産店の屋上。絵に描かれている三保の松原や港の景色が、ここからは同じように見ることが出来る。


19 府中
(題 : 安部川)
場所は県道208号線の安倍川に掛かる安倍川橋付近。広重の絵は西側から賎機山方面を見た風景であるようだが、東側から見た景色に絵と似た山があったのでこちらから撮影。この辺は安倍川餅が有名で、江戸時代から続く店もあるようだ。


20 鞠子
(題 : 丸子)
場所は県道208号線沿いにある丁子屋。絵にも描かれている丁子屋の創業は1596年(慶長元年)。現在も営業しており、名物のとろろ汁を食べることが出来る。私は運悪く定休日にぶつかり、その味を知る事が出来なかった。


21 岡部
(題 : 宇津之山)
場所は県道208号線沿にある「旅籠・柏屋」の手前付近。絵の場所は岡部橋付近だと、これもカシミール3Dのサイトで場所を割り出していたのだが、現地でその場所が見つけられず、代わりに似たアングルを探して撮影。


22 藤枝
(題 : 人馬継立)
場所は県道32号線沿にある上伝馬交番の前。広重の絵に描かれてるのは問屋場風景で、その跡地が交番の所になる。


23 島田
(題:大井川駿岸)
場所は県道381号線、大井川に掛かる大井川橋付近。絵のようなアングルの写真は無理なので橋と川を撮影。昔は雨が降ると水かさが増して川止めとなり、対岸へは渡る事が出来なかったという。その為、東岸の島田宿と西岸の金谷宿は、旅人の足溜まりになったようだ。


24 金谷
(題:大井川遠岸)
場所は大井川橋を渡った対岸付近。絵にある尖がった黒い山は広重の創造らしい。遠景の山は高山(569m)で、手前は千葉山(496m)ではないかという説もあるが、撮影したのはどの山なのか分からない。


25 日坂
(題:佐夜の中山)
場所は小夜の中山峠で、夜泣き石があったという所。ここは絵のような急坂ではなかったが、先へ進んだ辺りには同様の坂があった。ちなみに、この辺りは茶畑が多くて景色が良い。


26 掛川
(題:秋葉山遠望)
場所は国道1号線の倉真川にかかる大池橋。広重の絵は塩井川の土橋を中心に描いたもの。現在は塩井川という地名はなく、名前が代わったのか大池橋は倉真川に掛かっている。昔の橋は土橋だったようだが、現在はコンクリート製。


27 袋井
(題 : 出茶屋)
場所は県道253号線、袋井市役所の先にある東海道どまん中茶屋。絵に描かれてるのは出茶屋という、葭簀(よしず)張りの簡単な休み所。それをモチーフしてどまん中茶屋を建てたようだ。


28 見附
(題 : 天竜川図)
場所は県道261号線の天竜川に掛かる天竜川橋付近。昔は舟渡で、渡し場は東海道から約1kmほど上流にあったようだ。それは暴れ天竜とも呼ばれていた天竜川の急流を計算して選んだ場所だという。渡し場から舟で川の中州まで行き、そこから浜松側の舟に乗り換え対岸に渡っていたようだ。


29 浜松
(題 : 冬枯図)
場所は国道152号線の信号「天神町」付近。描かれている街道筋の一本松はこの辺りにあったという話だが、現在の周辺景色は跡形もなく様変わりしている。


30 舞阪
(題 : 今切真景)
場所は国道1号線、東海道本線の弁天島駅の手前左側にある、北雁木(きたかんげ)という渡船場跡付近。雁木とは階段状になっている渡船場のこと。舞阪から新居までは一里半(約6km)で、「今切渡し」と呼ばれた2時間の舟旅だったという。


31 荒井
(題 : 渡舟図)
写真は弁天島先の新幹線沿いの道付近で、そこから浜名湖競艇場を撮影したものだが、全然見当違いの場所だった。この絵に近い写真を撮るなら、国道1号線で新居町駅を過ぎてすぐの橋からがベストのようだ。


32 白須賀
(題 : 汐見阪)
場所は国道42号線の潮見坂。曇っているため写ってないが、絵と同じように海が見えていた。ここは東海道を西から来た者が、初めて富士山を見る事が出来た場所だったという。


33 二川
(題 : 猿が馬場)
場所は白須賀宿のすぐ先にある、加宿の境宿付近。絵の風景はこの辺一帯の総称だった「猿ヶ馬場」。名前に猿と馬があるが、どちらもまったく関係ないようだ。左端に描かれているのは、ここの名物だった「かしは餅」を売る茶見世。一説によると、その餅はあまり美味くなかったらしい。写真の場所はてきとうに選んだ。


34 吉田
(題 : 豊川の橋)
場所は豊橋にある豊川沿いの豊橋公園。写真はそこから眺めた国道1号線の豊橋。昔の名前は吉田橋で、もう少し下流にあったらしい。絵にもある吉田城は復元されていたが、同じような構図の撮影は無理だった。


35 御油
(題 : 旅人留女)
場所は県道374号線の御油宿内にある、イチビキという醸造会社の工場付近。絵に描かれてるのは、旅篭の女による旅人への強引な客引きの様子。旅籠がどこだったのか分からないので、絵と似ているイチビキ工場を代用した。調べによると昔はこの辺りは旅籠屋で、ここには「大津屋」と呼ばれた大きな旅籠屋があったというから、あながち間違ではなかったようだ。


36 赤坂
(題 : 旅宿招待)
場所は県道374号線の赤坂宿内にある大橋屋旅館。ここは創業1649年(慶安2年)から営業を続けている旅館で、あの松尾芭蕉も宿泊した所。絵は建物内の様子だが、入れないので外観を撮影。


37 藤川
(題 : 棒鼻図)
場所は国道1号線、名鉄名古屋本線の名電山中駅を過ぎた先、信号「市場町」を左に進んだ所。絵に描かれている「棒鼻」という石垣が復元されており、似たような風景を見ることが出来る。


38 岡崎
(題 : 矢矧橋)
場所は国道1号線の矢作川に掛かる矢作橋。現在は鉄橋だが、江戸時代は東海道で最も長い木橋だった。その橋の上で豊臣秀吉は、後に家臣になる蜂須加小六と出会ったという伝説があるようだ。


39 池鯉鮒
(題 : 首夏馬市)
場所は国道1号線と国道419号線が交差する「新田南」の右側、1号線と併走する松並木の道にある馬の像の所。宿場の名前の由来は、文字通り池に鯉や鮒が多かった事だが、現在は知立と書く。ここは木綿の集散地だった関係で運搬用に使われる馬の市が立ち、広々とした草原だったこの辺りで数千頭の馬が売られていたという。


40 鳴海
(題:名物有松絞)
場所は県道222号線、鳴海宿内にある服部家住宅。絵はここで有名な有松絞り染めを売る店先を描いている。写真は絵の場所とされる服部家。宿場には現在も有松絞を売る店が数軒あった。


41 宮
(題 : 熱田神事)
場所は国道1号線と国道19号線が交差する右側にある、熱田神宮の境内。絵には朱塗りの鳥居が描かれているが、これは広重の創作だと言われている。鳥居がないので、代わりに本殿前の境内を撮影。


42 桑名
(題 : 七里渡口)
場所は県道613号線、揖斐川沿いの七里渡跡。宮宿から桑名宿は東海道で唯一の海路で、その舟が発着していた場所。昭和34年の伊勢湾台風によって甚大な被害を受けた為、渡し場跡の前には堤防が築かれたので、当時の風景とは変わっている。


43 四日市
(題 : 三重川)
場所は国道1号線の四日市橋の隣にある、三滝川(三重川)に掛かる三滝橋。堤防にはこの絵が大きく飾られていたが、ほとんど色が褪せていた。また、橋のたもとには戦国時代からを続く老舗の和菓子店「笹井屋」があり、名物の「なが餅」を売っている。


44 石薬師
(題 : 石薬師寺)
場所は国道1号線、石薬師町にある石薬師寺付近。絵は寺へと向かう風景画を描かいてるが、近くに似た景色は見当たらないので、代わりに寺の中の写真を撮った。


45 庄野
(題 : 白雨)
場所は庄野宿内にある、庄野宿資料館の裏辺り。絵は「五十三次」の中でも傑作の一つで、「白雨(にわかあめ)」と題された風景画。はっきりとした場所は不明だったので、てきとうにこの辺の景色を撮影。


46 亀山
(題 : 雪晴)
場所は県道566号線、亀山市役所向かいの亀山城址付近。蒲原宿の「夜の雪」、庄野宿の「白雨」、それとこの亀山宿の「雪晴」の三図が、「五十三次」の中で傑作と言われている。絵の右上にあるのは亀山城。私が訪れた時は城が工事中でシートに被われ、風景が台無しだった。


47 関
(題 : 本陣早立)
場所は関宿にある伊藤本陣跡。絵は本陣から大名一行が出立ちする時の、慌ただしさを描いたもの。広重が描いた川北本陣はないので、代わりに伊藤本陣跡を撮影した。関宿は東海道で唯一歴史的な町並みが残ってる宿場。約2kmに及び、当時の建物が200棟以上も現存している。


48 坂下
(題 : 筆捨山頂)
場所は国道1号線、鈴鹿峠の筆捨山付近。絵は筆捨山を眺める街道の茶屋を描いている。筆捨山の説明看板があった近くに小屋があったので、これを茶屋に見立てて撮影。


49 土山
(題 : 春の雨)
場所は土山の田村神社へと向かう、田村川に掛かる「かいどうはし」。絵に描かれてるのは板橋だが、現在はちゃんとした橋が掛けられている。


50 水口
(題 : 名物千瓢)
場所は水口にある柏木小学校の向かい。絵は名産の干瓢作りをする女たちの作業風景で、場所は「北脇畷手と松並木」の石碑近くらしいが、石碑が見つからなかったので、多分ここだろうと小学校前の松を撮影。


51 石部
(題 : 目川の里)
場所は県道116号線、「ほっこり庵」の近くにある京伊勢屋跡。絵は菜飯と田楽が名物だった「伊勢屋」を描いたもので、その跡地がこの場所になる。石部の宿場は全然手前で、ここはほとんど草津宿に近い。


52 草津
(題 : 名物立場)
場所は草津宿本陣からさらに先へ進んだ所にある瓢泉堂。絵に描かれている姥ヶ餅屋は、国道1号線に移動して今も営業している。跡地にあるのが「瓢泉堂」という瓢箪を商う店。


53 大津
(題 : 走井茶屋)
場所は国道1号線沿いにある月心寺。絵に描かれてるのは、大津名物の走井餅を売る茶屋と、その店先にあった走井の井戸。月心寺は茶屋の跡地に立てられており、中には井戸が保存され、今でも清水が湧き出ている。


京師
(題 : 三条大橋)
場所は県道143号線、鴨川に掛かる三条大橋。現在の橋は昭和25年改造されたものらしいが、絵と同じような橋の姿を現在も見ることが出来る。ちなみに、橋を渡った先には弥次さんと喜多さんの像がある。



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